改正建設業法「労務費の標準」への対応は焦点の一つであると同時に、法令遵守を超えた経営変革のチャンスでもあります。改正法対応で求められる材料費等記載見積書の作成や施工能力の把握にはDXによる見える化が有効です。法制対応と同時に経営力強化を実現する戦略的アプローチを解説します。
目次
-改正建設業法における「労務費の標準」で求められる対応
(1)労務費の標準制度における日当たり施工量把握の重要性
(2)「労務費の標準」義務化で直面する3つの対応課題
-法対応をDXで効率化しながら経営力底上げを実現する発想
(1)単なる法令遵守から経営力向上への視点転換
(2)法改正対応のためのDXが経営力底上げにつながる理由
-法対応と経営力底上げの実践例:日当たり施工量把握のDX化
(1)ステップ1:施工能力の見える化で法対応と生産性向上
(2)ステップ2:労務費明確化で法遵守と利益確保を両立
(3)ステップ3:データ活用で継続的な経営力底上げ
-法対応とDXがもたらす経営力底上げの効果
-まとめ:法対応を経営力底上げの起点に変えるDX活用
改正建設業法における「労務費の標準」で求められる対応
(1)労務費の標準における日当たり施工量把握の重要性
改正建設業法における労務費の標準は、積算基準の標準歩掛を根拠として算出されますが、積算基準に記載のないものもあります。そういった場合を含めて、自社歩掛を使用して労務費を算出することも認められています。その場合の根拠となるのは、日当り施工量です。
自社歩掛を算出することは簡単ではありませんが、日当り施工量(=自社の日当りの施工能力)のデータを得ることによって自社歩掛が計算でき、それが標準歩掛よりも有利な値であれば、他社よりも安い金額で見積を作ることができます。これが競争力の元になると思われます。適正な労務費算定のために日当たり施工量の把握が重要な要素となります。
(2)「労務費の標準」で直面する3つの対応課題
「労務費の標準」の主な課題について解説します。適切に対応することで透明性と効率性が向上します。
①契約・契約約款の見直し
具体的には、資材価格高騰時の価格の変更方法や労務費高騰時の価格の変更方法、工期の変更方法などを明記することが求められます。そのため、法令に適合した契約書の作成が急務となります。実際、多くの会社が従来の契約内容では不十分な状態です。
②材料費等記載見積書の作成は必須
材料費等記載見積書の作成は努力義務ですが、実質的に対応は必須となります。これまでの一式計上から、労務費の基準に基づく労務費、材料費、機械費、経費と明確に分離し離した見積書の内訳が必要となります。また、法定福利費(事業主負担分)、安全衛生経費、建退共掛金などが「適正な施工に必要な原価として内訳を明示すべき経費」として定義され、参考値として明示することが求められます。これは、適切な社会保険に加入している企業が不利にならないための施策です。
③日当たり施工量に基づく適正な労務費算定
改正法は、「標準歩掛を使っていれば、適正な労務費の水準を確保できる」という考え方に基づいています。確かに自社の施工能力が標準歩掛よりも下回るケースもあるでしょうが、広く該当するものではないと思われます。
しかし、どの工事店も労務費の基準を使うようになると、見積金額の差別化ができなくなります。一方、標準歩掛よりも生産性の高い自社歩掛があれば、見積の差別化が可能です。自社歩掛に根拠があることが大前提ですが、会社の競争力を強化し、賃金原資の確保につながると考えられます。
<ここまでのポイント>
・競争力強化のための自社歩掛が有効。そのためには日当り施工量把握から。
・契約書見直し・内訳明細書・適正算定の3つが主要課題
・発想を転換して、法対応を経営力底上げの機会として捉えるべき
法対応をDXで効率化しながら経営力底上げを実現する
法改正対応のためのDXを経営力の底上げにつなげる発想の転換と、その理由について解説します。
(1)単なる法令遵守から経営力向上への視点転換
法改正で求められる労務費の明確化、施工能力の把握、契約書の整備は、健全な企業経営に貢献します。これらの整備によって自社の収益構造が明確になり、競争力となる強みを把握できます。
DXを活用することで煩雑な業務を自動化・効率化しながら、蓄積したデータを経営判断に活用できるようになり、法対応の効率化と経営力の底上げを同時に実現できます。法改正という局所的な対応ではなく、経営全体を見据えた包括的なDXに取り組むことが重要です。
(2)法改正対応のためのDXが経営力底上げにつながる理由
データ活用により、経験と勘に頼っていた意志決定が客観的なデータに基づく判断に変わります。
日当たり施工量のデータ化により、工種別・現場別・技術者別の生産性が明確になります。蓄積したデータを分析することで、最適な人員配置、適正な工期設定、競争力のある価格設定が可能になります。また、労務費の詳細な把握によって、収益性の高い事業領域への集中や収益が出ない工程の改善を検討できます。
さらに、業務プロセス全体の効率化と品質向上も期待できます。デジタル化により、見積作成、契約管理、施工管理、完工報告までの一連の業務が効率化され、ミスの削減と作業時間の短縮、業務の流動化を実現できます。事務職による現場支援がしやすくなり、見積担当者や施工管理者がより付加価値の高い業務に集中できるようになります。
<ここまでのポイント>
・データに基づく経営判断で客観性が向上する
・業務プロセス全体の効率化と品質向上を実現できる
法対応と経営力底上げの実践例:日当たり施工量把握のDX化
(1)ステップ1:日当たり施工量を正確に把握するためのデジタル化
最初のステップは、従来の目視確認や手書き記録を脱却し、客観的かつ継続的なデータ収集です。
工事原価管理や工事日報のデジタル化によって、現場での作業時間、投入人員数、完成施工量のデータを記録することで、リアルタイムでの日当たり施工量算出が可能になります。デジタルによって人的ミスが排除され、データの信頼性が向上します。
法令で求められる適正な歩掛(単位施工量当たりの必要人日)の算定根拠を明確にできるだけでなく、工種別・技能レベル別・現場条件別の詳細な生産性データを蓄積できます。これらのデータが、次ステップでの分析と活用につながります。
(2)ステップ2:日当たり施工量データの分析・標準化
日当たり施工量データから自社の施工能力を標準化・最適化し、経営判断に活用できます。
過去のデータから工種別・現場別の平均日当たり施工量を算出し、自社の標準値を設定します。その際に、天候や現場条件による変動要因を加味することで、より精密な施工能力を分析できます。こうした標準化によって、見積精度の向上と適正な工期設定を実現できます。
さらに、労務費算定の効率化にも活用できます。「労務単価×歩掛」による適正労務費の計算により、法改正で求められる内訳明細書の作成効率化と、収益性を確保した価格設定を両立できます。
(3)ステップ3:日当たり施工量データを活用した戦略的経営
日当たり施工量の推移を分析すると技能者の成長度合いや新工法の効果を定量的に把握できます。人材育成の効果測定や技術開発の方向性決定など、長期的な経営戦略立案に活用できます。
また、顧客別・工事種別の日当たり施工量の実績を比較することで、生産性の高い事業領域を特定でき、営業方針の見直しや事業の選択と集中などの判断に活用できます。
<ここまでのポイント>
・デジタル化による記録で客観的なデータを収集
・蓄積したデータの分析とそれに基づく標準化で施工能力を最適化
・戦略的経営で人材育成や事業領域の最適化を図る
法対応とDXがもたらす経営力底上げの効果
まず、法改正対応のためのDX導入により、収益性の向上が期待できます。適正労務費の確保により、人件費を適正に価格転嫁でき、詳細な原価把握により収益性の高い案件に集中できるようになります。
次に、データに基づく提案力の強化も重要な効果です。過去の施工実績、生産性データ、コスト構造が明確になることで、説得力のある提案や価格の根拠を明確に示せるようになり、顧客との信頼関係を深められます。その結果、価格競争からの脱却、技術力や提案力による差別化で、持続可能な利益確保と事業成長の可能性が高まります。
さらに、持続的な経営基盤の構築にも大きく貢献します。原価構造の明確化により経営の透明性が向上し、社外からの信用獲得につながります。客観的なデータで属人的な経営判断を脱却し、意志決定の精度と速度が向上します。過去データから学習する継続的な改善サイクルを確立させることで、変化する市場環境に対応した持続的な競争優位を維持できます。
<ここまでのポイント>
・適正な労務費確保と提案力強化で収益性向上
・原価構造の明確化で経営の透明性が向上
・継続的な改善サイクルで持続的競争優位を確保
まとめ:法対応を経営力底上げの起点に変えるDX活用
改正建設業法の「労務費の標準」は、負担であると同時に、DXを活用することで法対応と経営力底上げを同時に実現するチャンスです。日当たり施工量把握、内訳明細書作成、施工能力可視化という法対応を、経営基盤強化の出発点として捉えることで同じ取り組みでも成果は変わってきます。
法令遵守という「守り」の対応を、収益性向上と競争力強化という「攻め」につなげ、一石二鳥のDX戦略で経営力の底上げを始めましょう。まずは自社の日当たり施工量の現状把握から始め、段階的なDXによる法対応と経営力底上げを進めていくことをお勧めします。
