前編では、日本の建設業界におけるデジタル格差の深刻な実態と、設備業のDX推進を阻む5つの壁について詳しく解説しました。世界デジタル競争力ランキング31位という現実、建設業界のDX理解度わずか15%という数字、そして業界特有の構造的課題が明らかになりました。
しかし、これらの課題は決して乗り越えられないものではありません。後編では、設備業が今すぐ始められる現実的なDX戦略を、具体的なステップとともに詳しく解説します。「小さく始めて全体に広げる」アプローチで、中小規模の設備業者のデジタル化を成功させる道筋をお示しします。
目次
-今すぐ始める設備業DXの現実的な第一歩
ステップ1:身近なところからデジタル化
ステップ2:データ活用による業務改善
ステップ3:取引先との連携強化
-DX導入で失敗しないための4つのポイント
1. 段階的導入
2. 従業員の巻き込み
3. 継続的改善
4. 公的支援の活用
-今すぐDXに取り組むべき3つの理由
デジタル化は「選択肢」ではなく「必須条件」
今すぐ始める理由①:大手発注者からのデジタル対応要求の本格化
今すぐ始める理由②:人材不足解決のための生産性向上
今すぐ始める理由③:競争優位性確保の必要性
-デジタル化で、淘汰リスクを競争優位性に変えよう
今すぐ始める設備業DXの現実的な第一歩
ステップ1:身近なところからデジタル化
デジタル化に抵抗感がある人でも入りやすくするには、身近な作業が便利になる体験の積み重ねが効果的です。スマートフォンアプリを活用した現場写真管理やクラウドストレージでの図面共有などは、シンプルな操作で利便性を感じやすいです。また、勤怠管理や経費精算などの日常的な事務処理をデジタルツールに置き換える身近なデジタル化で、業務全体のデジタル化への抵抗感をなくしていけます。デジタルが苦手な人も、シンプルで使い方が簡単なデジタルツールで便利さを実感すると、より大きな業務プロセスの変化を受け入れやすくなります。
【おすすめの身近なデジタル化の例】
•現場写真管理:撮影日時と位置情報が自動記録され、整理・共有が簡単
•クラウド図面共有:最新版の図面をいつでも、どこでもスマートフォンで閲覧できる
•スマホ対応の日報・勤怠管理:現場から打刻・作成でき、直行直帰しやすくなる
•経費精算:レシート撮影で自動入力、承認フローもデジタル化
ステップ2:データ活用による業務改善
業務のデジタル化が進んでデータが一元管理されるようになると、蓄積されたデータを業務改善に活用できます。また、これらの取り組みから新たなサービス創出の可能性も広がります。
【業務改善の事例】
•作業時間データの分析
勤怠や日報データに基づいて時間がかかっている作業工程を特定し、作業手順の見直しを検討しますます。感覚的な判断ではなく、客観的な業務効率の分析と作業手順への改善が可能になります。
•属人的な知見やトラブル事例のデータベース化
属人的になっているベテランの技術や知見を言語化・可視化することで、技術継承の課題解決につながります。また、過去の問題事例から予防策やマニュアルを作成し、同様のトラブルを未然に防ぎます。
•顧客・施工実績データの活用
類似案件の参照やテンプレート化により見積内容を標準化することができ、作成時間の短縮などの効率化と見積精度の向上の両立をめざせます。施工実績から定期メンテナンスの提案を行う時期を自動化すれば、営業活動の効率化やチャンスロスを回避できます。
ステップ3:取引先との連携強化
社内のデジタル化にめどが立ったら、取引先との連携もデジタル化することで、さらに効率アップします。工程管理や日報などのツールを共有することで書類提出の手間をなくし、リアルタイムに進捗を共有できるようになり、取引先との関係を強化できます。また、オンライン会議システムやビデオ通話の利用で、現場確認や打ち合わせの頻度を増やしながらコストを削減することも可能です。
DX導入で失敗しないための4つのポイント
DX導入で失敗しないための4つのポイントを紹介します。
1,段階的導入
一度にすべてを変えようとせず、業務の一部から始めて小さな成功を積み重ねることで、現場に定着しやすくなります。業務負荷、投資費用の面からもメリットがあります。
【デジタル苦手な会社も受け入れやすい段階的導入の例】
•第1段階:小さな日常業務のデジタル化
日常業務のシンプル操作のツールを導入 例)勤怠管理、工事写真管理など
•第2段階:優先順位の高い複雑なプロセスのデジタル化
業務の中核的なプロセスをデジタル化する 例)積算見積、工事原価管理など
第3段階:業務全体をデジタル化
第1段階、第2段階につながる業務全体にデジタル化を広げ、一元化する
•第4段階:取引先との連携
すべての取引先とのやりとりをデジタル化する
•第5段階:継続的な改善サイクル
デジタル化による業務改善の効果や課題点を洗い出し、改善する
2,従業員の巻き込み
現場の声を吸い上げ、業務の棚卸しから始めます。ボトルネックや課題を解決できるツールを選び、現場のニーズに寄り添うことで運用の定着と効果が高まります。
【従業員の巻き込みに効果的な取り組みの例】
•業務の現状把握:現場ヒアリング
業務に携わる従業員に現場の困りごとや改善したい点を聞き取ります。
•小グループでの試験導入:
会社全体に広げる前に一部メンバーを選抜して導入する取り組みは、問題点の洗い出しや浸透しやすくなる効果を期待できます。デジタルが得意な人と、デジタルは苦手でも影響力のある人などをバランスよく選抜するとよいです。
•成功事例の共有:
前述の試験導入の効果を実感したスタッフの体験談を社内展開すると、自分も使ってみたいという空気を作れます。
•継続的なフォロー:
導入の過程で従業員の巻き込みに成功したら、導入後の定期的な使用状況確認と改善提案のサイクルに移行できると、継続的な生産性向上の取り組みにつながります。
3,継続的な改善
導入して終わりにせず、定期的に効果を検証し、業務や環境の変化に応じて柔軟に調整を続けましょう。具体的には以下のようなサイクルを定期的に実施すると効率よく続けられます。
【継続的改善のサイクル】
①効果測定:作業時間やエラー回数などの定量的な指標を設定し、測定する
②課題の抽出:現場業務、経営管理の双方の視点で運用上の問題点や新たなニーズを把握する
③改善の実施:課題解決の方針に基づき、業務プロセスの見直しやシステム調整を行う
④成果の共有:①~③の経緯や改善効果を社内共有し、次の施策を検討する
参考記事:中小企業はデジタル化で成長する!失敗事例と活用例を紹介
参考記事:中小建設業のデジタル化のポイントは「成功した同業のまねをする」
参考記事:【7分でわかる】DXが失敗する原因と成功の鍵となる「業務の棚卸し」
4,公的支援の活用方法
デジタル化は国策でもあり、中小企業のデジタル化を支援する公的制度が充実しています。代表格であるIT導入補助金は最大450万円の補助を受けることができます。各地域のよろず支援拠点や商工会議所でも、デジタル化に関する無料相談やセミナーを実施しており、これらを積極的に活用することで効果的なDXを推進できます。
地方自治体や業界団体にも補助金制度がありますので、ホームページや補助金のポータルサイトなどで確認してみてください。
参考記事:【IT導入補助金2025】2次までの採択率49%!突破をめざす申請のコツ
ミラサポplus 補助金・助成金 中小企業支援サイト|経済産業省 中小企業庁
<ここまでのポイント>
・身近なデジタル化でデジタルへの抵抗感をなくしていく
・蓄積されたデータを活用した業務改善や取引先との連携強化も
・補助金などの公的支援を活用すると負担を抑えられる
今すぐDXに取り組むべき3つの理由
デジタル化は「選択肢」ではなく「必須条件」—今始める理由
建設業界は、抜本的な変革を迫られています。長年培われてきた商習慣や現場のあり方が、急速に変化する社会情勢に適応できなくなっているのです。また、労働人口の急激な減少と高齢化により、人材確保にも限界が見えています。これらは建設業界の課題であると同時に、社会インフラを支える建設業界を維持するための社会課題でもあります。 建設業法改正は制度変更という形で、これらの社会課題解決を推進する取り組みと言えます。デジタル化はもはや「選択肢」ではなく「必須条件」です。今すぐ行動すべき3つの理由があります。その背景には、人手不足や改正建設業法の影響があります。
今すぐ始める理由①:大手発注者からのデジタル対応要求の本格化
発注者であるゼネコンやデベロッパーは既にデジタル化を前提とした業務プロセスに移行しており、受発注や工程管理の各プロセスのデジタル化に対応できない企業と仕事をしづらくなり始めています。現在は過渡期と言えますが、近い将来には受注機会を失うリスクが高まっています。
今すぐ始める理由②:人材不足解決のための生産性向上
限られた人材で、これまで以上の仕事をこなし、利益を確保するには、デジタル技術による業務効率化がもっとも効率的かつ現実的な解決策と言えます。たとえば、内勤の事務職の業務を効率化することで、現場管理者の事務処理を支援できるようになるなど、デジタル化によって特定の人に集中していた業務を流動化し、負荷を分散できるようになります。
今すぐ始める理由③:競争優位性確保の必要性
早期にデジタル化に取り組むことで、業務品質の向上やスピード感、取引先への価値提供などの点で、同業他社と差別化できるようになり、競争優位性を確立できます。
<ここまでのポイント>
・改正法の影響で発注者からのデジタル対応の要求が本格化
・デジタル化による業務の流動化で工事部門の人材不足を補える
・デジタル化による業務品質の向上やスピード感、取引先への価値提供で差別化
デジタル化で、淘汰リスクを競争優位性に変えよう
前編で分析した深刻なデジタル格差と5つの壁は、大きな課題です。しかし、これらの課題を「乗り越えられない障害」ではなく、「競争優位性を強化するチャンス」として捉え直すことが重要です。
デジタル化に早期に取り組むことで、淘汰される側ではなく、優先的に選ばれる協力会社になることができます。重要なのは完璧を目指さず、「小さく始めて全体に広げる」アプローチです。身近なデジタル化から始めて、段階的に業務の中核プロセスへと広げていく、着実な積み重ねが競争優位性の源泉となります。
今すぐに行動を起こすべき理由は明確です。大手発注者のデジタル化要求、深刻な人材不足、そして競争環境の激化などの変化に対応できるかどうかが、会社の未来を築く分岐点となるでしょう。デジタル化という「必須条件」を「競争優位性」に変える第一歩を、今こそ踏み出しましょう。
